孤独は山になく街にある
一人の人間にあるのでなく
大勢の人間の「間」にあるのである
三木清『人生論ノート』
4年ほど前にも紹介した三木清の人生論ノートです
ソロキャンプに行くというと
「淋しくないの?」とか
「友達いないの?」などと聞かれる事があります
まぁ、山の中に一人で居ると淋しいです
でも一人で本を読んでみたり、散歩してみたり、焚火を眺めていたり、ゴハンを作ってみたりしているとそれほど孤独感を味わうということがないのです。
スマホの電波が弱いと無駄に不安になったりしますが、それは別問題(笑)
街は今日も賑やかに人であふれ、夜になっても煌々と明かりを灯し続けます。しかしそんなこの国で、孤独を感じながら暮らしている人の割合は実に40%を越えると言われています。
そして孤独の問題とは、そのひと個人の責任、つまり「自己責任」であると考える人の割合は44%といわれているそうです。
(令和3年実施「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査」より)
私たちの中に自然に浸透してきた「自己責任」という言葉。この言葉が違和感なく多用されてしまう社会とは、いったいどのようなものでしょう。自己責任と言葉で関係を断ち切ってしまえば、私たちは誰かの苦悩や悲しみに寄り添えずとも、そこに後ろめたさを感じることはありません。
反対に他者から関係を断ち切られて孤立することを恐れ、そこに安心して弱さを見せることができないという不安や生きづらさも感じます。
助けを求めにくい、また助けなくとも心が傷まない、このいびつな社会構造の背後にあるのが現代の自己責任論ではないでしょうか。
そんな私たちですが、関係を切ろうにも私の意思によらずに、必ずどこかでつながっているという厳然とした事実があります。つまり煩わしさも人恋しさも、実は私たちの都合が作り出したものなのです。どうしようもないのは、まさにそうした私の自己中心的な有様ではないでしょうか。
私の都合で自己責任という言葉で、人を選び、人を切り捨てて、その結果空しく時を過ごしているのではないでしょうか。
私という存在は、様々な縁によって成り立っているという事実に目覚めることで、一人で居ても決して寂しくもなければ、一人でありながら、あらゆる人と共に歩んでいるという自覚の下に生きていけるでしょう。
縁によって生かされている私です。そしてあらゆる人々との関係性なくして、私という人間は語れません。またそれはすべての人に当てはまるのです。一人一人がお互いに関係しながら生きており、またその関係、即ち縁において存在している仲間である、とも言えるでしょう。自分のはからいを離れて仏さまの眼差しに教えられれば、独立した一人ひとりが共に生き合える世界が開かれるのではないでしょうか。
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三木清(1897~1945)
兵庫県生れ。京都帝大で西田幾多郎に学んだ後、ドイツに留学、リッケルト、ハイデッガーの教えを受け、帰国後の処女作『パスカルに於ける人間の研究』で哲学界に衝撃を与えた。日本を代表する哲学者のひとりで、法政大学教授となってからは、唯物史観の人間学的基礎づけを試みるが、1930年、治安維持法違反で投獄、教職を失う。その後敗戦直後に獄死したが、死後刊行された『人生論ノート』は終戦直後のベストセラーになった。遺稿にに「親鸞」法名は真実院釋清心。
兵庫県生れ。京都帝大で西田幾多郎に学んだ後、ドイツに留学、リッケルト、ハイデッガーの教えを受け、帰国後の処女作『パスカルに於ける人間の研究』で哲学界に衝撃を与えた。日本を代表する哲学者のひとりで、法政大学教授となってからは、唯物史観の人間学的基礎づけを試みるが、1930年、治安維持法違反で投獄、教職を失う。その後敗戦直後に獄死したが、死後刊行された『人生論ノート』は終戦直後のベストセラーになった。遺稿にに「親鸞」法名は真実院釋清心。
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